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2010年09月 アーカイブ

フリーランリズム

このような社会的規制から逃れることができるなら、私たちは勝手に寝起きするでしょうか。


生まれたての赤ちゃんや高齢者には、社会の活動リズムは適用されません。


この年齢層には独特の休息パターンがありますが、これについてはのちに述べることにしましょう。


では、若い成人のばあいはどうでしょうか。


たとえば、社会的な時間の拘束のない環境で生活するとします。


深い地下濠の中とか、白夜の夏の極地とかで、時計なしの生活をさせると、ヒトの活動リズムはしだいに間延びしてきます。


つまり、私たちの生物時計は、外界リズムで正確に24時間に修正されないかぎり、1日を約25時間とみなしているのです。


ほかの動物でも類似の現象がみられます。


餌や水はいつでも摂れるようにしておいて、一定の明るさを保っておくとか、つねに暗黒のままにおくとかの条件で動物を飼育すると、たいてい24時間より数時間だけ長いか、あるいは短い周期で、規則的な活動-休息リズムが現れます。

睡眠の信号

同調因子のない環境あるいは同調因子が当てにならない環境で現れるこのようなサーカディアンリズムは、「フリーランリズム」(自由継続リズム)と呼ばれ、生物時計の性質を調べる重要な手がかりとみなされています。


フリーランリズムをもつことで、生体は環境のリズムに容易に同調し、適応できるつくりになっているといえましょう。


これは生体のもつ、たいへん巧妙で柔軟な性質の一つに数えられます。


・・・そんなわけで、私たちの寝起きのリズムは、社会の束縛から解かれてもサーカディアンリズムの影響を免れることはできません。


いっぽう、時間の拘束がないと、ヒトはもっと小きざみに眠るようになります。


つまり、毎日一回昼寝するようになるのです。


したがって、たとえ外部環境の日周性あるいは規則性が失われてしまっても、生物時計による生体独自のリズムに従って、私たちは活動と休息とを交互にくりかえすことができます。


日周性の社会活動に適応するためにたいせつなのは、フリーランリズムと社会リズムとのあいだのずれが修正できる状態にある、ということができます。


たいていのばあい、外界リズムは頼りになりますから問題ないのですが、社会リズムが日周性を失って不自然なふるまいをすると、面倒なことになります。


現代社会では社会時計が絶対優位ですから、「自然破壊」が脳内でおこるかもしれないのです。

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